厚生労働科学研究費補助金(こころの健康件学研究事業)
広汎性発遺障害に対する早期治療法の開発 平成20年 分担研究報告
分担研究者 杉山登志郎
II 強度行動障害の再検肘 研究1 強度行動障害の再検討
研究協力者 川村昌代・橋詰由加里・大隅香奈苗: 73-80頁
特に追記することもなく、ああ、そういうことだったのかとすっかり納得してしまった。
強度行動障害とは、発達障害児、者において通常生活に支障を来すような行動の異常を持つに至った場合である。1988年、飯田雅子らの施設調査の結果、施設の処遇の上で、著しい困難を抱える障害児、者が施般入所者の1割程度を占めることが明らかとなった。この調査結果に対して、異例とも言うべき対応が取られた。第一は、実態把握と対応の為の研究班が直ちに組織されたことである。第二に、この研究班の成果を取り入れながら、1992年度から対応策として指定を受けた施般による特別処遇制度が実施されたことである。研究班によって強度行動障害判定基準表が作成され、そのうち総得点10点以上の者を強度行動障害と呼び、さらに総得点20点以上を示す者に対して特別処遇制度が実施された。この経過から伺えるように、強度行動障害事業は当時の厚生省の強い指導の下に推進された。その中心が当時の厚生省児童家庭局障害福祉課課長浅野史郎の指導であったことは広く知られている。1993年4月1日付けで「強度行動障害特別処遇事業の実施について」 (児発第310号厚生省児童家庭局長通知)を通知、施行し、その中で強度行動障害児、者について、知的障害児、者であって、多動、自傷、異食等、生活環療への著しい不適応行動を頻回に示すため、適切な指導・訓練行わなければ日常生活を営む上で著しい困難があると認められる者を事実対象として位置づけ、そのため職員配置をはじめとする強度行動障害児、者への支援が事業化された。以後、1998年7月31日付「強度行動障害特別処遇加算費について」及び2004年1月6日付け同通知により改正を行いながら事業は継続され続けた。しかし2006年4月の障害者自立支援法施行によって、施設サービスが同年10月から新しい施設事業体系に移行することに伴い「強度行動障害特別処遇事業」そのものは、廃止されることとなった。
(中略)
最も早い限り組みである石井班の初期の研究では、強度行動障害の対象として当時の分裂病があげられている。しかし強度行動障害の8割前後まで自閉症もしくは自閉的傾向を持つ入所者であることが初期の調査において既に明示されており、徐々に対象は自閉症であることに施設側は気付くようになる。もっとも新しい飯田班の研究報告においてもなお、自閉症以外の診断名が付された対象の症例が散見されるが、例えば強度行動障害を呈するダウン症候群、あるいは注意欠陥多動性障害という診断の児童について、実際の症例を見ると、前者は明らかに自閉症の併存を持つ重度遅滞者であり、後者も社会性の障害を抱える(子ども虐待が絡んだ症例もしくは)広汎性発達障害に属する児童である。歴史的経緯のところでもう一度取り上げるが、この事業自体が、わが国における入所施設の主たる対象が精神遅滞から自閉症へと意識的に切り替わった分岐点となった。正確な言い方をすれば、この強度行動障害事業によって、わが国の入所施設は自閉症と出会い、情神遅滞を主としたモデルから自閉症を主とするモデルへと変容したのである。
(中略)
自閉症の中核は社会性の障害ではなく、先天性の認知発達の障害に基づく言語コミュニケーションの障害であり、その結果二次的に社会性の障害が生じるという病因仮説は、当時、自閉症におけるコペルニクス的転換とまで呼ばれた。1977年Lovaasは「自閉症の言語」を出版し、行動療法を基盤とする言語治療によって自閉症の治療を計るプログラムが世界で広く実践されるようになった。
わが国の自閉症児への教育は、当初は自閉症に対してどの様に対応したらよいのか戸惑った試行錯誤あるいはほとんど無為放置に近い対応を行った。この背後には情緒障害仮説があることはいうまでもない。次いで行動療法が導入されると、厳密なプログラム作成に基づかない、負の教化子を多用した力による行動療法的指導とでもいう他にない対応を自閉症児に対して行うようになった。今日から見ればきわめて強引な対応が横行し、この影響は直ちにではなく、自閉症独自の記憶の障害であるタイムスリップ現象の介在によって数年から時として十午余のタイムラグを経て、青年期パニックの頻発という現象として噴出した。しかしこの当時なお、一方では情緒障害仮説の亡霊が未だに教育現場をさまよっており、親の愛情不足によって自閉症生じると考える療育者、教育者も数多く存在した。80年代から90年代においてわが国において広く認められていた発達障害臨床における大問題とは、自閉症の青年期のパニックあった。強度行動障害とは、実は自閉症における青年期パニックの別名であり、自閉症に初めて向かい合った教育現渇、あるいは療育現場の混乱によって行動障害を呈するに至った自閉症児、自閉症青年の姿であった。
この記事は「井出草平の研究ノート」からの転載記事です。