元農水省事務次官長男刺殺事件とアスペルガー症候群

長男はアスペルガー症候群

被害者となった長男がドラクエ10のプレイヤーであり、twitter(リンク)を本名でやっていたことがわかっている。
twitterで以下のような発言をしている。

f:id:AutisticCrimes:20190603173920p:plain
https://twitter.com/hiromi_kanzaki/status/468334681507651584

自分はアスペルガー症候群だと述べている。
自称なのか、医師などの専門家の見立てがあっての発言かは不明だが、自閉スペクトラム症(アスペルガー症候群)だと考えると、この事件はかなり理解しやすくなるように思う。

近所の小学校に包丁を持って刺しに行くかもしれない

近所の小学校の音がうるさいと長男は感じていたようである。

事件直前には近くの小学校の音がうるさいと腹を立てていたのを父親にたしなめられ、口論になったということです。
逮捕の農水省元次官「長男はひきこもりがちで暴力も」 | NHKニュース

詳細はわかっていないが、自閉スペクトラム症にの症状である聴覚過敏が関係している可能性がある。
聴覚過敏があると、普通はそれほどうるさくないものでも、うるさく感じる。

症状の原因は2ある。1つは、単純に音量が大きく聞こえるというものである。もう1つは、感覚過敏がない人は、聞くべき音を選択して、その他の不要な音をミュートして生活しているものだが、感覚過敏の場合には、そのような対処法が取れないということである。

解決策は2つである。

  1. 抗精神病薬の少量投与(リスペリドン・アリピブラゾール)
  2. ノイズキャンセリングイヤホン・ヘッドホンを着用する

参考リンク: https://autisticcrimes.hatenablog.com/entry/2018/10/07/174728

どちらかの対策を行っていれば、聴覚過敏による不快感は防げたかもしれない。

父親は先週、川崎市で男が小学生らを殺傷した事件を受けて「川崎の事件を見ていて、自分の息子も周りに危害を加えるかもしれないと不安に思った」という趣旨の供述をしている。
農水省元事務次官「川崎の事件見て息子も危害加えるかも」 | NHKニュース

川崎市の事件が引き金になったようだ。
当日、小学校は運動会をしており、小学校に乗り込んで川崎の事件のように包丁で小学生を刺したらどうしよう、ということなのだろう。

殺人で解決するべきではない、とは思うが、後述する暴力もあいまって、両親ともかなり追い詰められていたのではないかと思う。

日常的に重度の家庭内暴力

熊沢容疑者は調べに対し、長男を刺したことを認めた上で、「長男から日常的に暴力をふるわれていた」と供述。妻も長男から暴力を受けていたといい、自宅からは「息子を殺すしかない」などと記された熊沢容疑者の書き置きが見つかった。
「周囲に迷惑」「殺すしかない」将来悲観し犯行か : 国内 : 読売新聞オンライン

その後の捜査関係者への取材で、熊沢容疑者が息子の英一郎さんから日常的に暴力を受けていたとみられることがわかった。熊沢容疑者は、家族に対して「身の危険を感じる」などと話すこともあったという。
逮捕の元事務次官の男「身の危険を感じる」|日テレNEWS24

暴力も軽いものではなく「身の危険を感じる」くらいのレベルだったようだ。
息子を刺殺した疑いの元農水事務次官 話していた「身の危険」 – ライブドアニュース

家庭内暴力は自閉スペクトラム症で頻発する出来事である。

石井哲夫らの研究によれば、激しい暴力は1割を超える頻度となって現れていること、暴力が家族へ向くことによって家庭外での犯罪には辛うじてなっていないとのことである。

東京都発達障害支援センターにおいて、平成16年度の1年間に相談受理した四四二例のうち、1割を越える48例に、家族をはじめとする他者への激しい暴力、器物破損などの問題行動がみられた。これらの事例は当然ながら殆どが、家族というフレーム内で他者への暴力や器物破損が繰り返され、本センターに何らかの支援を求めて来所している。すなわち、「家族」という人的シェルターにより、高機能広汎性発達障害当事者の反社会的行動の家庭外への突出がかろうじて防止されているともいえよう。*1

長男は中2の時から家庭内暴力

捜査関係者によると、長男は約30年前の中学2年の時から家庭内暴力をふるっていた。実家を離れた時期もあったが、5月下旬に実家に戻ると再び、両親への暴力を繰り返すようになった。

中2から家庭内暴力、5月に練馬の実家戻り両親に暴力 : 国内 : 読売新聞オンライン

まだ詳しい情報は出ていないが、中学生の時に不登校になり、家庭では暴力を振るい始めて、そのままひきこもり続けたパターンかもしれない。

子どもが自閉スペクトラム症であるために、家族内で殺人が起こるのは今回が初めてではない。

例えば、2009年7月には、自宅で父親が自閉スペクトラム症(広汎性発達障害)がある長女(当時20歳)を絞殺するという事件が奈良で起こった。長女の家庭内暴力に悩んだ父親が「このままでは家族みんなが不幸になる。殺すしかない」と考えた末の犯行であったという*2

暴力や育児に悩む家庭・親への支援は、民間NPO法人だけでは限界があり、行政によるサービスの提供をすべきだろう。家庭の中で起こったことは家族で処理すべきとせず、家庭内暴力で苦しんでいる家族にサービスの提供を行うべきである。

父親が長男を殺害したことを「責任をとった」といった論調が散見されるが、このような考え方では、同種の殺人事件は起こり続けるだろう。

家庭のことは家庭で責任を取る、という根強い考え方があるが、この問題は、家庭で対処できる事案ではない。

今は有用な資源がないが、自閉スペクトラム症の家庭内暴力に対して、社会的資源を分配する説得を社会に向けて行っていく必要性がある。このような犯罪を防ぐにはそれしかない。また、このような殺人にまでは至らないものの、一つ間違えれば同じことが起こる家庭が日本中にあることを忘れてはいけない。

*1:石井哲夫ほか、二〇〇六「青年期・成人期における高機能広汎性発達障害にみられる反社会的行動に対する社会的支援システムの構築に関する研究」『高機能広汎性発達障害にみられる反社会的行動の成因の解明と社会支援システムの構築に関する研究』平成一七年度報告書。

*2:毎日新聞2010年3月24日「裁判員裁判:長女絞殺 殺意の有無どう判断 被告、起訴内容否認--初公判 /奈良」