「朝日新聞」 (九八年二月六日「木もれび」より)


 大阪府高槻市の山間部にある市立磐手小学校川久保分校は、府内に残る数少ない分校だ。紺色に塗った木造教室の天井に子どもたちが描いた星座がきらめき、紙製の「銀河鉄道」が空中につられている。五人の全校生が、井出良一先生のピアノ伴奏に合わせ、シューベルトの曲をドイツ語で歌って迎えてくれた。
 谷間の学校に日が差す時間はとても短い。だから、晴れた日は、トウモロコシと飯ごうを、持って「畑の教室」に行く。火にかけて二、三分。真っ白にはじけたポップコーンをほおばりながら、計算問題や漢字の書き取りをする。勉強を早めに切り上げ、稲や野菜の世話をすることもある。減反で使われなくなった田を農家から借りた。トウモロコシも自分たちで育てた。蚕も飼っている。一つのまゆから、一キロも糸が伸びる。畑を「イーハトーボ農場」と呼ぶ。詩人宮澤賢治が描いた理想郷からとった。「自分が楽しい授業をすれば、子どもも一緒にたのしんでくれる。」と井出先生は思っている。昨年末、先生はこれまでの教師生活を「イーハトーボ小学校の春」にまとめた。分校で過ごしたこの六年間の思い出が、行間にあふれている。